2016年 8月21日「あなた方は価値あるもの」

8月21日 主日礼拝説教要旨
「あなた方は価値あるもの」 山本一牧師
マタイによる福音書6章25~34節

●先日読書会をした東田直樹さんの本「自閉症の僕が飛び跳ねる理由」は自閉症の方の心に触れる事ができて感銘を受けます。その中で東田さんは「物は全て美しさを持っています。僕たちはその美しさを自分の事のように喜ぶことができるのです」と言われました。彼の眼差しの純粋さに心打たれます。同時にそれはイエス様の眼差しを思い起こさせます。
●今日の箇所は「思い悩むな」と表題がつけられた箇所ですが、「空の鳥をみなさい、野の花を見なさい」という有名なイエス様の言葉がここにあります。
この「空の鳥」は可愛い小鳥を思い浮かべるかもしれません。しかしルカ福音書の平行箇所ではこれを「カラス」と記しています。カラスは聖書では多くの場合汚れた鳥として忌み嫌われています。カラスを見よと言われて、恐らく皆、戸惑ったことでしょう。しかしその人々にイエス様はすぐさまそのカラスがどんなに神に愛され、自由に生かされているかを教えたのです。
さらに「野の花」について言えば、ユリの花と訳されてきたこの「クリノン」(ギリシャ語)という言葉も実のところは不明で、「野アザミ」の説もあるのです。棘があり、はびこると厄介ないわば雑草です。「今日は生えていて明日は炉に投げ込まれる」という表現を見ても、野アザミ説は有力です。ただ、野アザミも嫌われがちな雑草ですが、よく見ればとても美しい花であり、その美しさをイエス様は強調されるのです。 ●つまりこの聖書の箇所が最も伝えたかったことは「天地万物を創られた神様がこの世の全てをごらんになるその眼差し」に他ならないのです。忌み嫌われるカラスや野アザミを見なさいというこの言葉のうちには全ての物に価値と美しさを見いだし、それを喜ばれる神様の眼差しが示されてます。そして、その眼差しはイエス様を通して、当時の人たちに向けられたのです。
イエス様の周りには社会から敬遠されたり、不器用な人、一癖も二癖もあるような人たちが集まっていました。しかし主に希望を置き、必死で生きようとしている、そんな人々に対して、尊さを見出し「あなた方は価値あるものだ」と言われたのです。
●今の時代もこの主の眼差しと言葉を求めています。この世では能力、学歴に価値が置かれます。ここベイエリアでは良い大学に入れず自殺する人も多く、10代の自殺率は全米平均の5倍です。もちろん良い能力や賜物、仕事を追い求める事は良い事です。しかし同時に能力主義の社会の価値観、人々の眼差しに晒されている中で、私達は、存在の深みまで見つめてくれるような温かな眼差しに出会えず苦しんでいます。
●今日の聖書の箇所はイエス様こそが、どこまでも深く人を見つめ、その人の存在自体の美しさと価値を見いだし、それを我が事として喜んでくださる方であることを告げています。その眼差しを覚えていたいのです。今もイエス様は、カラスのようなアザミのような存在の私たちと共にあり、今も「あなたは価値あるものだ」と言ってくださるのです。