2016年 4月3日 「思いがけない場所に」 

4月3日 主日礼拝説教要旨
「思いがけない場所に」 山本一牧師
マタイによる福音書15章:21-28節


●今年も東日本復興支援「ジャズカツ」を開催します。私は前回、地域のコミュニティのスタッフの皆さんの熱意に驚きと感動を覚えました。教会の外にこんなにも誠実に、楽しみつつ人に支えようとする方々がおられるんだと、良い刺激を受けたのです。
●福島第一原発事故の責任を問う告訴団の団長の武藤類子さんは、原発事故を省み、こう述べられました。「人類は地球に生きる、ただ1種類の生き物にすぎません。自らの種族の未来を奪う生き物が 他にいるでしょうか。私はこの地球という美しい星と調和した、まっとうな生き物として生きたいです。ささやかでも、エネルギーを大事に使い、工夫に満ちた、豊かで想像的な暮らしを紡いでいきたいです。」
武藤さんは、原発事故以前から森で、なるべく電気に依存しない生活を続けておられました。彼女の言葉「まっとうな生き物として生きたいのです」は、どんな宗教的な言葉よりも、私たちの生きる現実社会に根ざした誠実な叫びだと感じたのです。
聖書の「信仰」という言葉は元々「ひたむきさ、誠実さ」とも訳せる言葉です。時に、教会の外に本当にそういう生き方をしている人たちがある事を知らされます。 実はイエス様もその様な事を経験されました。今日の聖書「カナンの女のお話」です。
●「カナン」とはイスラエル民族がエジプトからモーセに導かれて脱出し、目指したという神さまから与えられる約束の土地です。イスラエル人は原住民であるカナン人たちの後から入植し、これが今なお泥沼化して いるイスラエルとパレスチナとの争いに繋がっています。新約聖書の時代でも、やはりイスラエル(ユダヤ人)とカナン人とはお互いに敵対関係にあったのです。
●一人のカナン人女性が「主よ、私を憐れみ、悪霊に苦しむ娘を助けて欲しい」と叫びながらイエスのもとに出てきました。それに対してイエス様は冷たい言葉を述べます。「子ども達のパンをとって子犬にやってはいけない」(子ども達=神を信じるイスラエル人。子犬=異教の土地にすむカナン人女性)。この言葉はイエス様がこの土地の人に信仰を全く期待していなかったという事を表しています。しかし、その女性が「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます」と言った時にイエス様は「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願い通りになるように。」と言われるのです。この日本語訳は少し固く、原文には「おお!」という感嘆詞がついています。「おお!おっかさん、あなたのそのひたむきさはホンマに見上げたもんや!」というところでしょう。この言葉にはイエス様の驚きと感動が現れているのです。
「信仰」は神を信じるユダヤ人の中にだけあると思っていた。しかしそうではなかった。これは、イエス様にとっては嬉しい驚きだったに違いありません。このような驚きが実際にこの福音書が書かれた1世紀の教会にもあり、また今もあるのです。
●教会の宣教は、宝探しです。教会の外に既に本当に誠実に真実を求めて生きようとしている人たち、イエスさまが驚くような人たちが沢山おられるのです。その方々と出会い、連帯し、更に共に良いコミュニティを作っていく教会になりたいと思います。