2016年 5月15日「違いが大切」ペンテコステ礼拝

5月15日 ペンテコステ礼拝説教要旨
「違いが大事」 山本一牧師
使徒言行録2章1-12節


●京都の庭師であり、サクラの木を守る「桜守」でもある16代佐野藤右衛門さんは先代より「桜ばかり植えるな。必ず楓も植えとけ。桜だけ植えても、うまく育たんのや。やっぱり、他のものから刺激を受けんとあかんのです」と教えられたそうです。
桜は楓や紅葉が秋に素晴らしく色づくのを隣で見ていて大いに刺激され自分の美にさらに磨きをかけようとするのだ、というのです。木は同じ種類の木同士が互いに呼応し、気を放つとも言われます。しかしそれ以上に時に他の木からの刺激が必要だという、藤右衛門さんのような説もあるそうです。人も植物も宗教も「違い」に出会う事によってそれぞれが成長させられていく。これは真理だと思います。
●今日の聖書はペンテコステ(五旬祭というユダヤのお祭りの日)にイエスの弟子達に目に見えない神様の力「聖霊」が下ったと聖書は伝えています。そうすると、様々な国の言葉で弟子たちが話し始めたというのです。「どうして私たちは、めいめいが生まれた故郷の言葉を聞くのだろうか」なんとも不思議な話ですが、ここには大切な意味が込められていると思います。
この不思議な出来事は、住む場所、言葉、生活習慣などに、大きな違いをもった全世界の人々に神さまの福音(キリストによる希望のメッセージ)が伝わるように、神様が一人ひとりに「違い」を与えられたということなのです。
今日の箇所から「聖霊」を受けるとは、人が同じ考えや同じ言葉になるのではなく、むしろ、個々に与えられた個別、固有の賜物が生き生きと生かされるという事だ知らされます。 
人と違っていてもいいのです。いや、違いにこそ神さまの力が働いていると、今日のペンテコステの出来事は告げているのです。
●神様は時に人と違った性格をあたえ、人生をあたえ、出会いや出来事を与えられます。何故でしょうか?それは全ての人が、この世で人としてより良く成長、成熟するためだと思うのです。佐野籐右衛門さんの言葉を思い起こすのです。
「桜だけ植えても、うまく育たんのや。やっぱり、他のものから刺激を受けんとあかんのです」
ユダヤ人だけじゃだめなんだ。ギリシャ人も、いやアフリカ人も、白人も、日本人も、日系アメリカ人もいないと神の国は育たない。皆違いをもって存在し、互いに影響し合う。そこに本当の人間の成熟と成長があるのだ、と神様は教えているのではないでしょうか。
違いを裁きあうのではなく、同じ神様から与えられた命の豊かさとして、認め合い、互いに影響し合うところに本当の幸せ、神の国が築かれるのです。
●神様は、本当に豊かなお方です。日本には日本のキリスト教、アメリカにはアメリカの、韓国には韓国のスタイルと・・・実にそれぞれの風土、個性、価値観に合った形で働かれ、彩り豊かに、主の証人が咲き誇っている。そのように感じるのです。
このアメリカにいる日本語を話す私たちは私たちにしか咲かし得ないキリストの花を咲かせ、その香りをただよわせましょう。そのために、違った霊性(スピリチュアリティ)をもった教会とキリスト者、また違う宗教の方々を神様が備えておられるという事を思い起こし、違いを認めあって歩んで参りましょう。そこに神の国が実現することを信じて。