2016年 5月1日 「ユートピア」

5月1日 主日礼拝説教要旨
「ユートピア」 山本一牧師
ルカによる福音書17章21-22節


●誰もが私達の住む街の平和を望みます。しかし実際にどのような社会が平和な社会(ユートピア:理想郷)なのでしょうか。それは決して、意見や考え方が同じ仲間や同じような社会的地位の人達だけが集る社会ではないと言えるでしょう。
●社会心理学者の山岸俊男さんの書かれた「安心社会から信頼社会へ」は「知らない人を信頼する力は日本よりも米国のほうが強い」という興味深い調査結果を示しています。日本は「よそ者」を排除し、仲間内での「安心社会」を築いてきた。逆にアメリカは様々な人種や考え方の人が集う中で、自分とは違う価値観や人種の人を「信頼する」ということを学んできたというのです。山岸さんは、同じ価値観や宗教、考え方の集まりの内にとどまっている限り確かに安心はあるが、そのような安心社会では、集団の枠を超えて人々と共に生きるのに必要な「信頼する心」は育まれないんだというのです。本当に平和な社会とは、狭い世界の安心ではなく、様々な違いがある人を受け止め、あきらめず理解し、信頼しようと努力していく人たちが育っていく信頼社会だといえるでしょう。

●今日の箇所でイエス様は「実に神の国はあなた方の間にあるのだ」と言われました。 神の国とは「神のご支配の中にある平安に満ちた状態」(真の平和の社会)です。それは「あなた方の間にある」とイエス様は仰ったのですが、この言葉はクリスチャンの集団の中にこそある、と言ったのではないのです。これはイエス様に不信感と殺意を抱いているファリサイ派の人々と問題だらけのキリストの弟子たちの集団に言われたのです。 つまり、なかなか人を信頼しようとしてもできない限界のある人間の集団の間に、人を信じ愛し貫く存在「イエスご自身」がいる、と言っているのです。そしてまた、狭い仲間意識から一歩飛び出し、互いに理解し合おうとする時に、違いのあるあなた方の間にイエスキリストの力が宿るんだという意味でもあるのです。

●イエス様は嫌われ者の徴税人ザアカイも信頼し、彼の家で食事をし宿泊されました。また十字架上で「神様この人達をお許し下さい」と自分を十字架につけた人をとりなされました。徹頭徹尾、人を信じぬかれたイエス様のその生き様にこそ、本当の平和を作り出す者の姿が表されていたのです。

●ディズニーのズートピアという映画があります。ズートピアとは肉食動物、草食動物が共存し、人間社会のように暮らす動物のユートピアです。しかし、現実には草食動物は肉食動物を恐れ、また偏見や差別といった限界がある事を示します。この話の最後、主人公でありウサギのジュディのスピーチが印象的です。
「子どもの頃ズートピアは動物たちが何にでもなれる理想の町だと思っていた。しかし、現実はそんなに綺麗ではなかった。皆、限界を持ち、間違いも犯す。けれども諦めず、努力したいのです。・・・自分自身を見つめ、変化があなたから始まることを知ってください、ここにいる私達からは始まるのです。」
差別や偏見がぬぐえないような自分の限界を見つめると同時に、それでも諦めずに人を信じていこうとする。そこに主の愛と平和(神の国)がくるのだ聖書は伝えています。信頼にかけた私たち人間ですが、この「私」からイエス様を求める事を始め、平和の社会を築いていきたいと願います。