2016年 3月27日 「人間を超えた神の世界」

3月27日 イースター礼拝説教要旨
「人間を超えた神の世界」山本一牧師
マルコによる福音書16章1~8節


●マルコ福音書は女性たちがイエスの遺体に香油をぬり、最後のお別れをするためにお墓に行く場面を記しています。今を生きる私たちでも、多くの人が「お墓」が命の終わり、人生の終着点を意味すると考えています。しかし女性たちが墓につくと、墓は空っぽだったというのです。この出来事に婦人たちは「震え上がり逃げ去った」とあります。この女性たちが「驚き震え上がって逃げ去った」というのはそこに、「人間の理解できない世界」が広がっている。ということを示しており、ここに込められたメッセージは「死で終わらない、人間の考えを超えた神の世界がある」。という希望メッセージなのです。
●注目したいのは、このイエスの復活を告げた人物です。これは福音書によって違い、マタイ福音書は「主の天使」、ルカは「輝く衣を着た二人の人」、そしてマルコは「白い長い衣をきた若者」となっています。信じ難い「復活」という出来事を、天使や輝く二人の人ならまだしも「若者」に告げられたら「更に信じられない」と感じるのではないでしょうか。ここ込められたマルコのメッセージは何でしょう?
●若者とはどのような存在でしょうか?
熱意はあっても続かない、約束を守らない、良く言えばフレンドリーですが、悪く言うと礼儀をしらない、等々。若者特有の問題は沢山あります。聖書にも、イエスのもとから素っ裸で逃げ出した若者や、パウロ の話で眠りこけ3階の窓から落ちて死んでしまった若者。富に執着する「金持ちの青年」などの話があります。しかし私は同時に若者は「人間を超えた神の世界」を信じる力を感性を持っているとも感じます。
●この度、共愛学園の生徒さん16名が金曜日の受難日礼拝に出られた時、私の想像していなかった姿、真剣にメッセージを聞き、英語の賛美歌を歌い、涙を流す姿に触れました。私たち日語部でも高校生が次々とホームレスミニストリーに参加し、大人が頑固に持つ偏見や先入観をいとも簡単に壊して「ホームレスの方々も私たちと変わらない」と言います。マルコが「主の復活を告げたのは若者」だと記したのは、若者には問題もあるが「人間を超えた神の世界」を信じ未来を切り開く可能性を持っているというメッセージではないでしょうか。
●またレイチェル・カーソンという人は「人間を超えた存在を認識し、畏れ、驚嘆する感性(センスオブワンダー)を育み強めていくこと」が大切だと語ります。しかし、それは子ども時代だけではなく、大人になっても持ち続ける事ができるんだと述べています。
今日洗礼を受けられる米司さんはリタイアの後、教会に熱心に通い始められ、人間を超えた神の世界に目を開かれ、それを追い求め、これからの人生を豊かにしたいとお考えで、励ましを受けます。
全ての世代が集い、互いに刺激を与え合いつつ、これからも「私達の知らない神の世界がある」という事に心の目を開かれる素敵な感性を共に養って参りたいと願っています。