2016年 2月14日 「悪魔は天使の顔をして」

2月14日 主日礼拝説教要旨
「悪魔は天使の顔をして」山本一牧師
ルカによる福音書4章 1節~13節


●史上最悪、世界で8千万人が亡くなったと言われる太平洋戦争は沢山の一般人や純粋な兵士たちの命を奪いました。私の祖母も「ビルマ」で従軍看護婦として4年働きました。
彼らの多くが純粋に「お国のために」と戦地で散っていったのです。祖母は日本赤十字社の規則「一旦緩急あれば義勇公に奉じるべし(国の危機には正義と勇気を国にささげなさい)という規定により戦地に送られました。しかし、そこには看護婦としての誇りも、人としての尊厳も打ち砕く、想像を絶する無残な現実があったようです。私の祖母もジャングルで銃弾を受け、マラリアに冒され、終戦翌年に帰国してみると私の父以外の幼い二人の子どもが赤痢で亡くなったのを知らされました。祖母はその後、戦地から送った沢山の葉書を「見るのも嫌だ」と言って、すべて破り捨たといいます。
●「お国のため、それは素晴らしい事だ」と言われ、人々は戦争に駆り立てられていきました。日本のキリスト教会も戦時中「お国のために一つになってはどうか」とノセられ、日本基督教団という一つの教団が生まれ、協力して献金を集めて戦闘機を献上したりしたのです。そして逆に、戦時に反対する人たちを切り捨てていったのです。
ともすれば、綺麗に聞こえる言葉や、感動的な空気が作られるその中で、日本と言う国は罪深い、戦略も無い戦いを強いていったのです。これらを思う時、実に「悪魔」という存在があるとすれば、それはいかにも「悪魔」という顔で来るのではなく、まるで神か天使のうな顔、正義、人の感情に訴えかけるようにしてやって来るのではないかと思うのです。 

●創世記の有名なアダムとエバの話もそうです。蛇が言葉巧みに彼らを誘惑しましたし、今日の福音書は、イエスさまも同じように悪魔の誘惑に合われれたと告げています。
悪魔はイエスを3度誘惑します「神の子なら石をパンに変えてみては どうか」。「もし私に跪くなら、この国の一切の権力と繁栄を与えよう」。最後に「神殿の屋根から飛び下りて見よ。神が助けるだろう」。この三つの誘惑の言葉は一見、良い事のようにも見えます。イエスさまが石をパンに変えたり、神殿から飛び降りて助かったり、そんな事があったらもっと沢山の人が寄ってきた事でしょう。
確かにイエス様は人を癒したり、パンを増やしたりという奇跡もされました。しかし、今日の聖書は、基本的にそのような人をあっと驚かせたりするパフォーマンスがキリスト教の大切な事柄ではないんだと告げてているのです。イエス様はその様な自分を大きく示して人を集め、権力を持って全てを楽に動かすような、救い主となる事を否定されたのです。●イエス様は石ころをパンに変えるかわりに、むしろ少ない物を分かち合うという地味な方法で愛し合い、助け合い生きる事を教えられました。イエス様は自分を守り、この世の名誉や権力を行使する変わりに権力から踏みにじられ、この世から置き去られた人達と、温かい交わりを共にしようとされました。そして、私たち人間にはたとえ不思議なあっと驚く力は無くても、苦悩しながら、迷いながらも共に生きることができる。そしてそこに本当の「神の国」があるという事を教えてくださったのです。
●今週から受難節に入りました。キリストは「苦しみを知らない救い主」になる誘惑に打ち勝ち、どこまでも私たちの苦しみを味わってくださる救い主となってくださったのです。