2016年 1月10日 「人として歩む」

1月10日新年礼拝説教要旨
ルカによる福音書3章21~22節
「人として歩む」山本一牧師


●教会でウェルネスミニストリーが始まり、歩く機会が増えました。実際に歩いてみると日ごろ見落としている事などを発見したり、会話が弾んだりする、体も健康になる、と良いことが多い事に気付きます。
小山晃祐牧師は今から40年ほど前に「Three Mile an hour God(時速5キロの神)という本を記されました。神を信じるイスラエル民族がエジプトから脱出し、約束の土地に入るまで「アラビア半島を40年掛けて移動した」という出来事をさして、神様は荒れ野でイスラエルの民と共にあり40年かけて、神に信頼するという事を教えたのだ。つまり、神は歩く早さで3マイルで進まれるのだと言っておられるのです。
ある人は神は人の能力を超えて超スピードで物事を進めたり、即座にに物事を解決したりすると思うかもしれません、しかし、社会の価値観や人間の期待に反して、神はゆっくりと働かれ、そこに深い神の恵みがあるということを教えられるのです。
●今日の福音書にはイエス様が活動を開始された時の事が記されています。イエス様は、すべてに先だってヨハネと言う人物から洗礼を受けられた。というのです。
洗礼という儀式の意味は、神様の前に自分が溺死する、つまり罪ある自分が死んで、新しい自分に生きるという意味があります。イエス様は神の子でありながら、それを受けられたのは「一人間として」この世を歩まれたということなのです。
またイエスさまの上に聖霊が鳩のように降ったとあります。これも神の前に謙った人に与えられる徴だと受け止められます。イエス様は偉そうに馬にのって猛スピードでこの世を駆け抜け、困った人を置き去りにする人ではなく、この世をじっくりと歩き、 弱者のために立ち止まられた方でした。そのゆっくりとした歩み、地味な歩みにこそ、神さまの見えない力聖霊が注がれ、愛がうまれ、そこに本当の喜びや平安が与えられるのだという事を教えられたのです。
●私はゆっくりとした歩みに、人を本当に幸せにする本当の力があるという事を滋賀県の「止揚学園」という知的障がいをもった方々の施設で教えてもらいました。「ゆっくり歩こうなぁ!」というスローガンの基、そこでは一番遅い人にあわせて一日のプログラムが進められます。遅い人に合わせるので時に食事は2時間かかる。急な予定変更もある。けれども、どこもかしこも綺麗に掃除、整頓されていて職員や施設の方々は明るい顔をしている。1日一緒に生活させて頂いただけで、心が癒されました。
この止揚学園をはじめたのは同志社で学ばれた福井達雨さんと言う方です。
学園の中で、一番初めに亡くなった方がいつも社会で「おまえはアホや」と言われ、福井先生のもとに来て「僕はアホやないなぁ、人間やなぁ」。と言われたそうです。
スピードアップする社会で能力主義の社会で、基本的な人権を奪われていた一人の子どもの言葉『僕アホやない人間だ』このことばを福井さんは重く受け止め、その言葉を詩にし、歌にして、人権を訴えつつ、スローワークの止揚学園を作っていかれたそうです。能率や効率に確かに価値はありますが、「本当に大切な人間性を」失ってはいけないのです。
●イエス様は神でありながら人としてこの世を歩かれました。今もこの世で、最も遅い歩みの者と共に歩いてくださっています。だからこそ、掛けの多い私たちもまた、救われるのです。「正義を行い、慈しみを愛し、へりくだって神と共に歩む」(ミカ書6:6-8)ことをこれからも続けていきましょう。