2014年 12月7日 「お言葉通りに Let it be...」

12月7日 主日礼拝説教要旨
「お言葉通りに Let it be」山本一牧師
ルカによる福音書1章26~38節


●人は一人では生きることができません。コミュニティの中で豊かに命を育まれます。しかし今、このシリコンバレーでは地価の高騰、核家族化などにあってそのコミュニティが危機にあるように思います。ぜひ、ここウェスレーには神様に希望をおき、励ましあい祈りあう日本語を話す素晴らしい信仰共同体がここにあるという事をぜひお知らせして参りましょう。
●今日の聖書はマリアの受胎告知の場面です。天使が処女マリアのもとに突然現れ、「あなたは聖霊によって子ども(神の子イエス)を身ごもったのだ」と告げたのです。その言葉をマリアは大いに戸惑い困惑しながらも受け止めるのです。このマリアの受胎告知は、マリアが生活する共同体のただ中で突然起こりました。その時マリアにとってそのコミュニティはどのような意味を持ったのでしょうか。
最も近くにあった婚約者のヨセフは縁を切ろうとしました(マタイ福音書)。なぜなら当時のユダヤの社会の中には、結婚前の女性のスキャンダルは石うちの刑に値するという厳しい掟があったからです。しかし最終的にヨセフは「恐れずマリアを迎え入れなさい」という天使の言葉によって思いとどまります。
他の人たちはどうだったか?日々お腹の大きくなるマリアに対して批難の目が向けられ、日本で言う「村八分」。そこに居られない状況すらも合ったかもしれないと想像します。コミュニティは確かにわたし達を生かしますが、同時にコミュニティが人を阻害し、迫害し殺めてしまう事も起こりうるのです。それが神を崇めるユダヤ教コミュニティの中でさえ起こりえたのです。そのような状況にあって、マリアは言いました「私は主のはしためです。お言葉通りになりますように。
“Let it be with me according to your word”」この言葉はとても重い言葉です。 
●この英語の「レット・イット・ビー」という言葉はあのビートルズの名曲を思い起こさせます。
「When I find myself in times of trouble, Mother Mary comes to me・・・」。
私が困難の中にある時、母マリアが現れて知恵の言葉をくれる。「なるがままに」と。「なるがままに、なるがままに」と知恵の言葉をささやいてくれるんだ。心傷ついた人々が一つとなりこの世で生きうるとすれば、その答えはきっと「なるがままに」・・・。
この歌は決して、あきらめと受身的な生き方を勧めるものではありません。敬虔なカトリックの家に生まれたポール・マッカートニーの「レットイットビー」は、今日の聖書のマリアの言葉に基づいており、この「レットイットビー」の後には「あなたの言葉の」、「あなたのみ旨の」という言葉が隠されているのです。これは、回りに理解されない孤独と困難の中、心傷ついた者が、それでも神に希望を置き、覚悟をもって自分の困難な運命を引き受けていく事を励ます歌なのです。自分の力ではどうにもできない周りの環境を、体の具合を、自分の経済的状況を、それでも受け止めて生きていくという覚悟の言葉、それがマリアの「レットイットビー」だったのです。
●そして、そのように苦難と抱えつつ生きるものには、必ずまた良い共同体がそなえられるのだと聖書は告げています。高齢でありながら神の力によって身ごもったマリアの親戚にあたる、エリザベトという人物は、マリアに深く共感した人物でした。彼女もまた苦難の中、神を信じ歩む者だったのです。
マリアは完全に孤独ではありませんでした。ヨセフがおり、エリザベトがいました。神と、神を信じる良い共同体に支えられていたのです。私たちもこの土地で、自分たちも苦難を抱えている、だからこそ、お互いに共感をし、神に希望を置き、連帯する共同体を作っていきたい。そう願います。