2014年 10月19日 「キリストに結ばれて立つ」

10月19日 主日礼拝説教要旨

「キリストに結ばれて立つ」山本一牧師

テサロニケの信徒への手紙Ⅰ1章1節〜10

●このカリフォルニアにはネイティブアメリカンの方々が神の木と呼んだレッドウッドの森があります。レッドウッドは種から発芽する事はきわめて少なく、太い幹の根元から、また根っこから新しい木が生えてくるそうです。そうして樹齢1千年を超える1本のマザーウッドからいくつもの木が生み出されているのだそうです。高さ100m近くにもなる木ですが、その根は浅く1m、深くても3m位まで。しかし、その浅い根はあらゆる方角に20mほどにも広がり、その先で他の木の根と結びつき、そのネットワークは3キロにも及ぶそうです。その浅く張り巡らされた根っこのネットワークで木々は強くそして長く生き続けられるというのです。

●今日の聖書は、使徒パウロのテサロニケの信徒への手紙です。パウロは6節以下でこの教会の様子を詳しく説明していますが、素晴らしい褒め言葉が連ねられています。マケドニア州とアカイア州(現在のギリシアの半分くらいに相当する地域)に彼らの言葉や信仰、神を信じ歩む姿が広まり、人々に感銘を与えているというのです。 では一体テサロニケの信徒達はどのような信仰をもっていたのでしょうか?

 それは3節、「あなたがたが信仰によって働き、愛のために労苦し、また私たちの主イエスキリストに対する希望をもって忍耐している」という姿、そして6節「ひどい苦しみの中で、聖霊による喜びをもって御言葉を受け入れ、わたしたちに倣う者、そして主に倣う者となった」と表現されています。これらに共通するのは「忍耐する姿」だと思います。

ギリシア語の「忍耐」(ヒュポモネー)は「苦しみのなかにとどまる」という意味の言葉です。苦しいことがあるそのただ中でイエスキリストに希望を置いて生き続ける、歩み続ける姿。それがこのテサロニケの教会にあり、その     姿こそがギリシア中の教会から注目され、人々に励ましを与えていたのでしょう。そして何より、11節「主イエスキリストとに結ばれているテサロニケの教会」だったのです。

 苦しみの中、父である神と主イエス・キリストに確かに結ばれている、しっかりと繋がっているテサロニケの教会、その姿こそが、パウロが神に感謝し、多くの人を励ました姿だったと言えるでしょう。

●思えば、誰よりも先に、その様な姿をしめされたのは主イエスキリストでした。自分は迫害され、つばを吐きかけられ、むち打たれ、十字架につけられてもなお父なる神を信じ、人を愛し、人を赦し他者のために生きました。そして父なる神より、十字架の死を打ち破る復活を与えられました。その姿に目を留め、感銘を受けた者たちからキリスト教は始まったのです。

そしてそのイエスキリストから始まり、世界中にこのテサロニケの人々のような信仰者が立ち上げられていったのです。

●今日の聖書の箇所はあのレッドウッドの森を思い起こさせます。一本の木から始まり、地面に広く根をはり、増え広がり、根と根が重なり合い、支え合って立っている。そのレッドウッドの木々の姿を思い起こします。

 この世の様々な雨風、嵐によってすぐに倒れそうになる、希望を失う私たちですが、何とかイエス・キリストというお方にしがみついて生きている。それも一人では難しく、互いに支えあい、励まし合いながら立っている。そのような姿こそが貴く、人に感動と力を与えるのです。

「根をのばそう」

根を伸ばそうレッドウッドの木のように

根を伸ばすとは祈るということ

根を伸ばすとは手を差し伸べるということ

今、イエスに繋がり、イエスのように祈り

イエスのように手を伸ばそう

わたしが倒れないように

あなたが倒れないように